熊野筆の作り方(その2)

1.選毛(せんもう) と 毛組み(けぐみ)

熊野筆の筆作りは、原毛の選別作業から始まります。原毛を厳選して入手し、筆の使う場所に応じて、長さや太さや硬さを揃えます。同じ種類の動物の毛でも、部位によって太さや硬さが異なりますので、原毛を一房づつ手に取って、丁寧にそして緻密に選別します。素材の違いを確実に見分けられるような眼になるには数十年の経験が必要です。これらの作業を選毛と呼びます。

次に、大筆、中筆、小筆等の作る筆の種類にあわせて原毛の組合せを決めます。1本の筆を作るには、10種類以上の異なる原毛を混ぜ合わせます。それぞれの筆によって、各原毛の配合割合、長さ等が異なります。これを毛組みと呼びます。料理でいう“レシピ“のようなものです。我が社には100年以上語り継がれた200種類以上の毛組み表があります。

2.火のし と 毛揉み

選別された毛は、一定の長さに切り揃え、米の籾殻(もみがら)の灰をまぶします。これに、熱した「火のし」を当てます。火のしをあてる温度や時間は、毛の種類によって異なりますので、毎回微妙に調整されます。この工程を火のしと呼びます。火のしによって天然に曲がった原毛を真っ直ぐにします。髪の毛にストレートパーマをあてるような作業ですね。

火のしされた毛を素早く鹿皮に巻いて、 毛を折らないように注意しながら丹念に揉み込みます。熱を含ませ、揉みほぐすことで脂肪分や汚れを取り除きます。この工程を毛揉みと呼びます。毛揉みは、動物の毛に含まれる脂肪分や汚れを取り除き、毛の質を整えます。毛揉みによって墨の含みを良くすることができます。

3.毛そろえ

自然の動物の毛には綿毛(わたげ)という綿のような使い物にならない細くて弱い毛が付いています。櫛抜き(くしぬき)して綿毛を取り除いたあと、少量ずつ毛を積み重ね毛を揃えていきます。何度も金櫛をかけて、綿毛を完全に取り除いて毛の質を整えていきます。綿毛が原毛の半分以上になる場合もあります。

4.逆毛とり、すれ毛とり

毛先を完全にそろえ、半差しという小刀で逆毛やすれ毛を指先の感触を働かせながら抜き取ります。動物の毛にはキューティクルという小さな突起があり、毛先の方向に向いていますので、逆毛があると半差しの刃にキューティクルが引っ掛かって出てきます。その繰り返しで逆毛を取り除きます。毛先の無い悪い毛等は目と触れる指先の感触を頼りに見つけ出し、半差しで取り除きます。この作業を行う職人には永年の経験が必要です。この作業を何度も繰り返すことによって毛先のある良い毛だけを徹底的に選り抜きます。

5.寸切り(すんぎり)

筆の穂先は、大きく分けて5つの部分に分けられます。毛先の部分が「命毛」、その下が「のど」、 中程が「肩」、根元に近い部分が「腹」、そして、一番根元の部分が「腰」です。一部の名称は人間の身体に例えられていますね。

それぞれの筆の毛組みによって、この5つの部分の毛の長さの寸法が決まっています。円錐状の筆を作る為には穂先の部分毎に毛の長さを変えなければいけません。寸切りは各毛の長さを毛組み通りに整える作業です。それぞれの部位の寸法を取った寸木を乗せ、毛先を基準にして、お尻の部分を切りそろえます。(毛先は切りませんよ!) 切目が正確に揃うよう、何度も確認しながら徐々に整えていきます。この時には特別なハサミやバリカンを使います。このようにして部分毎に長さを整えられた毛は、塊(くれ)と呼ばれるかたまりにして、新聞紙を毛の長さと同じ長さに細く切った紙で巻き、次の作業に備えます。